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公式ガイド

Official Guide Group

見出しHEADLINE


イメージ寄居北條まつりが開催 !!

第63回寄居北條まつりが埼玉県寄居町で開催されました(撮影:24/5/12)。
コロナで4年のブランクがあり、今回は従来の形で再開されて2年目、武者の参加者が500名であったということです。
今年の八王子城隊は、NPO八王子城跡三ッ鱗会メンバーを中心に、総勢24名の選りすぐりのメンバーによる参陣でした。
小田原を本城とする北条三兄弟の絆を、小田原市、八王子市、寄居町で確かめる歴史イベントとなりました。

イメージ 寄居町総合体育館の柔道場の着替え場所で準備を終え、いざ出陣です。


イメージ JR寄居駅の連絡通路を通り抜け、すぐ目の前が出発地点です。


イメージ 整備事業で駅前にできた施設「Yotteco」の前、去年からここが出発地点でした。


イメージ さあ、いよいよ行軍開始です。八王子城隊、いざ、出陣 !!


イメージ 北条氏照隊 鉄砲隊。撃ち手、前へ !!


イメージ 右端は最近参加し始めた将来を背負うメンバー、よろしくです。


イメージ 整備事業でJR寄居駅からまっすぐに延びた道路がここまで繋がりました。


イメージ お屋敷の家並みに来るとメイン会場の玉淀河原までもうすぐです。


イメージ 八王子城隊の行軍が粛々と進みます。


イメージ 眼下に広がるのが寄居北條まつりのメイン会場の玉淀河原です。


イメージ いざ!! 八王子城隊の入陣です。


イメージ 八王子城隊の後陣(ごぢん)です。


イメージ 北条勢と豊臣軍の攻防戦の前に必勝を祈願して「三献の儀」が取り行われます。


イメージ 寄居北條まつりの真骨頂、大筒(おおづつ風?)の実射 見せ場です。


イメージ 最後はみんな揃って玉淀河原で集合写真です。


以上、掲載した写真と紹介しきれなかった写真を含め、写真集としてまとめました。
閲覧は_右 令和6年 寄居北條まつり をクリック。

イメージ寄居北條まつりが開催 !!

第63回寄居北條まつりが埼玉県寄居町で開催されました(撮影:24/5/12)。
コロナで4年のブランクがあり、今回は従来の形で再開されて2年目、武者の参加者が500名であったということです。
今年の八王子城隊は、NPO八王子城跡三ッ鱗会メンバーを中心に、総勢24名の選りすぐりのメンバーによる参陣でした。
小田原を本城とする北条三兄弟の絆を、小田原市、八王子市、寄居町で確かめる歴史イベントとなりました。

イメージ 寄居町総合体育館の柔道場の着替え場所で準備を終え、いざ出陣です。


イメージ JR寄居駅の連絡通路を通り抜け、すぐ目の前が出発地点です。


イメージ 整備事業で駅前にできた施設「Yotteco」の前、去年からここが出発地点でした。


イメージ さあ、いよいよ行軍開始です。八王子城隊、いざ、出陣 !!


イメージ 北条氏照隊 鉄砲隊。撃ち手、前へ !!


イメージ 右端は最近参加し始めた将来を背負うメンバー、よろしくです。


イメージ 整備事業でJR寄居駅からまっすぐに延びた道路がここまで繋がりました。


イメージ お屋敷の家並みに来るとメイン会場の玉淀河原までもうすぐです。


イメージ 八王子城隊の行軍が粛々と進みます。


イメージ 眼下に広がるのが寄居北條まつりのメイン会場の玉淀河原です。


イメージ いざ!! 八王子城隊の入陣です。


イメージ 八王子城隊の後陣(ごぢん)です。


イメージ 北条勢と豊臣軍の攻防戦の前に必勝を祈願して「三献の儀」が取り行われます。


イメージ 寄居北條まつりの真骨頂、大筒(おおづつ風?)の実射 見せ場です。


イメージ 最後はみんな揃って玉淀河原で集合写真です。


以上、掲載した写真と紹介しきれなかった写真を含め、写真集としてまとめました。
閲覧は_右 令和6年 寄居北條まつり をクリック。








イメージ小田原北條五代祭りが開催 !!

第60回北條五代祭りが小田原市で開催されました(撮影:24/5/3)。
北条五代の四代当主北条氏政公役では去年と同様に高嶋政伸さんが騎乗し、五代の北条氏直役では柳沢慎吾さんが続きました。
今年の八王子城隊ですが、NPO八王子城跡三ッ鱗会のもと、総勢31名の選りすぐりのメンバーによる編成で、例年どおり大型の貸し切りバスで本城小田原まで参陣です。
報道では過去最高の人出だったという去年ですが、今年はさらに多くの人が沿道に集まっているという印象でした。

イメージ 八王子城隊は、10年以上前からこの五代祭りに参加していますが天守前で集合写真は初めてです。


イメージ 銅門(あかがねもん)の前。高嶋政伸さんも馬上から出陣の頃合いを見計らっています。


イメージ 八王子城隊、今年の北条氏照公役は前八王子市長の石森孝志さんです。


イメージ さあ出発、八王子城隊の出陣です。


イメージ 馬出し門から八王子城隊の先陣が出てきました。


イメージ 続くのは八王子城足軽隊、別名:鉄砲隊です。


イメージ 市中の行軍に出た八王子城隊。三ッ鱗の旗が目映い(まばゆい)です。


イメージ
八王子城薙刀(なぎなた)隊です。


イメージ 八王子城鉄砲隊、一歩前 !!


イメージ 市の中心部へ向かう本陣隊です。


イメージ だいぶ中心部に近づいてきました。


イメージ 沿道の皆さんの声援もひときわ高くなってきました。


イメージ さあ、そろそろ帰城となります。


イメージ 市中からお堀端通りへと上ります。


イメージ 無事、小田原本城へと帰ってきました。


イメージ 出発した銅門(あかがねもん)です。


イメージ 最後はみんな揃って銅門をバックに集合写真です。


以上、掲載した写真と紹介しきれなかった写真を含め、写真集としてまとめました。
閲覧は_右 令和6年 小田原北條五代祭り をクリック。

イメージ小田原北條五代祭りが開催 !!

第60回北條五代祭りが小田原市で開催されました(撮影:24/5/3)。
北条五代の四代当主北条氏政公役では去年と同様に高嶋政伸さんが騎乗し、五代の北条氏直役では柳沢慎吾さんが続きました。
今年の八王子城隊ですが、NPO八王子城跡三ッ鱗会のもと、総勢31名の選りすぐりのメンバーによる編成で、例年どおり大型の貸し切りバスで本城小田原まで参陣です。
報道では過去最高の人出だったという去年ですが、今年はさらに多くの人が沿道に集まっているという印象でした。

イメージ 八王子城隊は、10年以上前からこの五代祭りに参加していますが天守前で集合写真は初めてです。


イメージ 銅門(あかがねもん)の前。高嶋政伸さんも馬上から出陣の頃合いを見計らっています。


イメージ 八王子城隊、今年の北条氏照公役は前八王子市長の石森孝志さんです。


イメージ さあ出発、八王子城隊の出陣です。


イメージ 馬出し門から八王子城隊の先陣が出てきました。


イメージ 続くのは八王子城足軽隊、別名:鉄砲隊です。


イメージ 市中の行軍に出た八王子城隊。三ッ鱗の旗が目映い(まばゆい)です。


イメージ
八王子城薙刀(なぎなた)隊です。


イメージ 八王子城鉄砲隊、一歩前 !!


イメージ 市の中心部へ向かう本陣隊です。


イメージ だいぶ中心部に近づいてきました。


イメージ 沿道の皆さんの声援もひときわ高くなってきました。


イメージ さあ、そろそろ帰城となります。


イメージ 市中からお堀端通りへと上ります。


イメージ 無事、小田原本城へと帰ってきました。


イメージ 出発した銅門(あかがねもん)です。


イメージ 最後はみんな揃って銅門をバックに集合写真です。


以上、掲載した写真と紹介しきれなかった写真を含め、写真集としてまとめました。
閲覧は_右 令和6年 小田原北條五代祭り をクリック。







イメージ「赤色立体縄張り図」をもとに八王子城最大の竪掘りを発見

ひとつ下の記事で作成した八王子城「赤色立体縄張り図」をもとに八王子城最大級の竪掘りを発見しました(記事作成:2024/3/14)。
これは赤色立体地図の活用が中世(や戦国)の城跡の構造解明にきわめて有効な手段になるという証左になります。

八王子城における最大級の竪掘り !!

イメージ

場所は詰め城の南に下る石塁の尾根からさらに東に延びる尾根の東端、そこから東南に下るとやがてやや緩やかに展開する斜面があります。
この竪掘りはそこにあります。
縄張り図(部分掲載)に白枠で示しておきました。



イメージ

八王子城域内では自然地形の巨大な谷筋が各所にありそれらを竪掘りだという人が多くいます。
それに対しここは平板状の斜面に「ゴジラ-1.0」(ゴジラ マイナス ワン)がかき削ったかと思わせるような太い空掘りが下方に延びています。
また、上に平地がないので林業作業での木材降下用の筋ではという危惧は不要です。


先達の文献にもこの竪掘りの記載はない

イメージ

現代の八王子城の解明に多大な貢献をされた小松敏盛氏が記載した「八王子城跡現状遺構図」を見ても今回の竪掘りの記載はありません。
八王子城: みる・きく・あるく_1989年_峰岸 純夫・椚 國男:編

また、東京都の中世城館_東京都教育委員会:編_2013年、八王子市郷土資料館「八王子城」などにも全くこの竪掘りの痕跡はありません。


今回、下の記事で参照している八王子城「赤色立体縄張り図」を、新たに発見した竪掘りを反映させたものに修正しました。
あわせて新たな追記も2・3か所行っています。
修正版は次からたどってみて下さい。



イメージ

2.82 MB、5090 x 3600 pixel


イメージ

1.49 MB、2000 x 1414 pixel


イメージ「赤色立体縄張り図」をもとに八王子城最大の竪掘りを発見

ひとつ下の記事で作成した八王子城「赤色立体縄張り図」をもとに八王子城最大級の竪掘りを発見しました(記事作成:2024/3/14)。
これは赤色立体地図の活用が中世(や戦国)の城跡の構造解明にきわめて有効な手段になるという証左になります。

八王子城における最大級の竪掘り !!

イメージ

場所は詰め城の南に下る石塁の尾根からさらに東に延びる尾根の東端、そこから東南に下るとやがてやや緩やかに展開する斜面があります。
この竪掘りはそこにあります。
縄張り図(部分掲載)に白枠で示しておきました。



イメージ

八王子城域内では自然地形の巨大な谷筋が各所にありそれらを竪掘りだという人が多くいます。
それに対しここは平板状の斜面に「ゴジラ-1.0」(ゴジラ マイナス ワン)がかき削ったかと思わせるような太い空掘りが下方に延びています。
また、上に平地がないので林業作業での木材降下用の筋ではという危惧は不要です。


先達の文献にもこの竪掘りの記載はない

イメージ

現代の八王子城の解明に多大な貢献をされた小松敏盛氏が記載した「八王子城跡現状遺構図」を見ても今回の竪掘りの記載はありません。
八王子城: みる・きく・あるく_1989年_峰岸 純夫・椚 國男:編

また、東京都の中世城館_東京都教育委員会:編_2013年、八王子市郷土資料館「八王子城」などにも全くこの竪掘りの痕跡はありません。


今回、下の記事で参照している八王子城「赤色立体縄張り図」を、新たに発見した竪掘りを反映させたものに修正しました。
あわせて新たな追記も2・3か所行っています。
修正版は次からたどってみて下さい。



イメージ

2.82 MB、5090 x 3600 pixel


イメージ

1.49 MB、2000 x 1414 pixel








イメージ八王子城「赤色立体縄張り図」を作成

東京都が公開した赤色立体地図をもとに八王子城「赤色立体縄張り図」を作成しました(記事作成:2024/2/7)。
赤色立体地図(以下赤色図と略)は長い年月の中で樹木が繁茂したような場所でもそれらを透過して、地表の微細な凹凸を可視化する技術です。
防災の観点からハザードマップがすでに全国的に展開されていますが、赤色図はそれを補完するものとして位置づけられています。
この技術を城跡の構造解明に応用しようとする試みはすでに散発的に行われていて、NHKの歴史番組のなどでも使われています。
2023/9/1 に東京都が多摩地区の微精細の赤色図・陰陽図を公開しましたので、八王子城にもそれを応用して「赤色立体縄張り図」を作成しました。



イメージ

2.82 MB、5090 x 3600 pixel


イメージ

1.49 MB、2000 x 1414 pixel


八王子城にも連続竪堀がありました !!

赤色立体縄張り図(以下、これも赤色図と略)を活用して城郭の構造解明に結びつける一例を紹介しておきます。
今回は竪掘りです。
八王子城ではあれも竪掘り、これも竪掘りとよく言われるのですが、自然地形の谷筋であることを否定できないものが殆どです。
今回の赤色図では明らかに自然の地形ではないものを3か所入れておきました。
これとて、上に平地・下に林道があれば、林業作業での木材降下用の筋ではと指摘されるのは想定の内です。
ここで赤色図の左下、詰め城の石塁の尾根の南端を見てみましょう。
明らかに人の手で掘った2本の筋が下ります。
林業作業の木材降下用だったら2本はいらないはずです。
微精細に見ると並行して下る様が読み取れ、しかも複数の筋があるということで、築城時の連続竪掘りだと判断できます。
同様に残りの2箇所もありますが場を変えて(別Web頁で)説明する予定です。

イメージ

赤色図の左下、詰め城の石塁の尾根の南端の竪掘り。連続する2本の西側のもの。


イメージ

赤色図の右下、太鼓曲輪尾根から分岐し、御霊谷に下る尾根に削られた竪掘り。


「赤色立体縄張り図」のこれからの展開

東京都が全国の中で先陣を切って多摩地区の赤色立体地図と陰陽図を作成し公開してくれたことは、多少なりとも八王子城にかかわる立場からすると大変ありがたいことです。
これを活用して北条氏照が関係した城のかなりの数の「赤色立体縄張り図」を作成することが可能となりました。
ここでは取り急ぎ八王子城について赤色図を掲載しましたが、今後、新たに別Web頁を立ち上げ、氏照公ゆかりの滝山城、浄福寺城・・・・・と東京都多摩地区の城域の「赤色立体縄張り図」を作成していく予定です。
東京都公開のものは微精細であるけれどたくさんのピースで構成されているということで扱いにくい面もあります。
そこで、フリー(無料)で使えるツールを使って赤色図を作る手順なども紹介できればと思っています。
今後、他の道府県からも公開されるであろう赤色図・陰陽図をもとに、全国の城郭の「赤色立体縄張り図」作成のムーブメントになればと考えています。

イメージ八王子城「赤色立体縄張り図」を作成

東京都が公開した赤色立体地図をもとに八王子城「赤色立体縄張り図」を作成しました(記事作成:2024/2/7)。
赤色立体地図(以下赤色図と略)は長い年月の中で樹木が繁茂したような場所でもそれらを透過して、地表の微細な凹凸を可視化する技術です。
防災の観点からハザードマップがすでに全国的に展開されていますが、赤色図はそれを補完するものとして位置づけられています。
この技術を城跡の構造解明に応用しようとする試みはすでに散発的に行われていて、NHKの歴史番組のなどでも使われています。
2023/9/1 に東京都が多摩地区の微精細の赤色図・陰陽図を公開しましたので、八王子城にもそれを応用して「赤色立体縄張り図」を作成しました。



イメージ

2.82 MB、5090 x 3600 pixel


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1.49 MB、2000 x 1414 pixel


八王子城にも連続竪堀がありました !!

赤色立体縄張り図(以下、これも赤色図と略)を活用して城郭の構造解明に結びつける一例を紹介しておきます。
今回は竪掘りです。
八王子城ではあれも竪掘り、これも竪掘りとよく言われるのですが、自然地形の谷筋であることを否定できないものが殆どです。
今回の赤色図では明らかに自然の地形ではないものを3か所入れておきました。
これとて、上に平地・下に林道があれば、林業作業での木材降下用の筋ではと指摘されるのは想定の内です。
ここで赤色図の左下、詰め城の石塁の尾根の南端を見てみましょう。
明らかに人の手で掘った2本の筋が下ります。
林業作業の木材降下用だったら2本はいらないはずです。
微精細に見ると並行して下る様が読み取れ、しかも複数の筋があるということで、築城時の連続竪掘りだと判断できます。
同様に残りの2箇所もありますが場を変えて(別Web頁で)説明する予定です。

イメージ

赤色図の左下、詰め城の石塁の尾根の南端の竪掘り。連続する2本の西側のもの。


イメージ

赤色図の右下、太鼓曲輪尾根から分岐し、御霊谷に下る尾根に削られた竪掘り。


「赤色立体縄張り図」のこれからの展開

東京都が全国の中で先陣を切って多摩地区の赤色立体地図と陰陽図を作成し公開してくれたことは、多少なりとも八王子城にかかわる立場からすると大変ありがたいことです。
これを活用して北条氏照が関係した城のかなりの数の「赤色立体縄張り図」を作成することが可能となりました。
ここでは取り急ぎ八王子城について赤色図を掲載しましたが、今後、新たに別Web頁を立ち上げ、氏照公ゆかりの滝山城、浄福寺城・・・・・と東京都多摩地区の城域の「赤色立体縄張り図」を作成していく予定です。
東京都公開のものは微精細であるけれどたくさんのピースで構成されているということで扱いにくい面もあります。
そこで、フリー(無料)で使えるツールを使って赤色図を作る手順なども紹介できればと思っています。
今後、他の道府県からも公開されるであろう赤色図・陰陽図をもとに、全国の城郭の「赤色立体縄張り図」作成のムーブメントになればと考えています。








イメージ2024年の初日の出です

2024年の八王子城山の初日の出です(撮影:24/1/1.AM 6:51)。
ようやくコロナ禍を抜けた新年です。
近年にない暖かい新年で、城跡駐車場から登りはじめ、金子曲輪あたりから少しずつ回りが明るくなってきました。
新型コロナ前に比べると2/3くらいの人数という感じでした。
これだけ人がいる中で城跡ガイドメンバーなど、知っている人は一人もいませんでした。


イメージ 9合目上の展望スポット。見えている範囲は戦国北条の支配下です。


イメージ
御主殿では以外に日出が遅く(7:48)、しかも太鼓曲輪の第二堀切のやや左側から日がのぼりました。

イメージ2024年の初日の出です

2024年の八王子城山の初日の出です(撮影:24/1/1.AM 6:51)。
ようやくコロナ禍を抜けた新年です。
近年にない暖かい新年で、城跡駐車場から登りはじめ、金子曲輪あたりから少しずつ回りが明るくなってきました。
新型コロナ前に比べると2/3くらいの人数という感じでした。
これだけ人がいる中で城跡ガイドメンバーなど、知っている人は一人もいませんでした。


イメージ

9合目上の展望スポット。見えている範囲は戦国北条の支配下です。


イメージ 御主殿では以外に日出が遅く(7:48)、しかも太鼓曲輪の第二堀切のやや左側から日がのぼりました。









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